ながらすたいる bixlix.com

実働2日 × 週休2日 × 学遊2日 × 自由1日 で残りの人生を生きていく

仕事と生活、働き方と暮らし方、もうひとつ忘れていない?

ワーク・ライフ・バランス

 

 

仕事と生活のどちらかに分けることができない?

 

毎日行っていることを記録してみると繰り返されているパターンが見えてくる。

 

どのくらいの単位で記録するするのが適切だろうか。そもそも時間というのは形がないもので、人間が無理矢理わかりやすく共通の尺度として設けたものだ。1時間単位であろうと1分単位であろうとどちらでもよい。記録という作業を行うとわかってくるのが同時に複数のことを行っている時間があるということだ。

 

食事をしながらミーティングを行う、英会話の音源を聴きながら通勤する、料理をしながら子供と話をするなど誰でも経験があるだろう。このようなときの記録はどのようにするだろうか、迷うに違いない。特に仕事と生活の両方にまたがっているときは違った分類として記録することになる。

 

時間管理は行動の記録から始まるが

 

時間管理には時間の使い方の記録は欠かせない。ただ記録の仕方によってはグレーの部分、つまり複数のことにまたがる場合がある。時間単位で考えるのは1日24時間単位で考える場合だが、1週間の集計を行うと1つのことを行っていた時間と複数のことを行っていた時間に分かれる。

 

今週は50時間眠った、今週は10時間食事をしたとは考えるかもしれないが、グレーの時間が20時間あったとは考えないだろう。時間の使い方というのは1つだけはない。同時に行うことも可能なのだ。ただ同時に行うことが良いか悪いかは別としてだ。ながら族は悪いがマルチタスクは良いというようにだ。

 

生き方を時間で分けることはできない

 

生き方を考える上ではどうだろう。仕事の時間と生活の時間を分けて考えるだろうか。時間というよりは、仕事の期間と生活の期間ということになるが、分けては考えないだろう。仕事と生活を並行して行うことが当たり前になっている。仕事にも生活にも属する、または両方に属しない期間はどうだろう。

 

時間で考えるときに並行した作業を別の分類を行うと同じように、期間で考えるときも別の分類として置きかえてはどうだろうか。生き方を考えるときには、仕事と生活に分けるのではなく仕事と生活の両方に属する、または両方に属しない分類を設けることが必要である。

 

ワークとライフだけが人生ではない

 

近年ではワーク・ライフ・バランスが声高に唱えられたと思えば、ワークとライフをバランスではなく一緒にしようという考え方もある。人生はワークとライフ、仕事と生活の2つにきれいに分類できるとは限らない。仕事と生活の両方に属すること、仕事と生活の両方に属さないことのほうが大切なこともある。

 

例えば、子育てと介護は生活の中に含めると考えがちだが、生き方から考えれば仕事と生活のどちらにも属さないことである。他にも学びという期間は教育制度の中に組み込まれた一定期間ではなく、仕事にも生活にも関わる重要なことだ。仕事しながら、生活しながら、並行して行うこと、行わなければならないことはたくさんある。

 

 

 

ワークスタイルとライフスタイルに加えて第三のスタイルとは

 

「仕事」と言うときはは思考であり実際の行動は働き方になって現れる、また「生活」も思考であり実際の行動は暮らし方になって現れる。働き方たはワークスタイル、暮らし方はライフスタイルと称されるが、仕事と生活の他にも「第三の時間」がある。サードプレイスと同じようにサードタイムがあるのだ。

 

サードプレイスで過ごす時間、サードタイムとして過ごす時間は、ワークスタイルでもライフスタイルでもない「第三のスタイル」である。これを「ながらすたいる」と名付けてみた。もちろん「ながらすたいる」を行うには、ワークスタイルとライフスタイルも持ち合わせなければならない。

 

仕事と生活、仕事と生活のどちらかに片方だけに属さないことを考えながら、実際に行動に移すための働き方と暮らし方、そして「第三のこと」をする方法である「ながらすたいる」をこのブログのテーマとして取り上げていく。(了)