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頭と心の健康は自分でコントロールできるか

頭と心の健康は自分でコントロールできるか

 

「体」に対して「頭」と「心」を分けて健康を考える。「頭」は頭脳、パーツとしては脳だということがわかるが、心の所在は難しい。生物学・精神医学・心理学・脳科学など諸説あるが「頭」とは別に健康を考えてみる。

 

 

   

 

頭は体の一部ではあるが健康は別である

 

私ごとではあるが、私の両親の最期は母と父では異なっていた。母は体の健康は優れなかったが頭は最期までしっかりしていた。父は体の健康は害していなかったが認知症になった。

二人とも平均寿命前後まで生きたので、寿命をまっとうしたと思っている。人間の健康は頭と体とが同じ割合で健康状態を保つことはできない。体が健康でなくなったからと言って頭も同じ割合で不健康になるわけではないということを実感した。

母と父の違いは、母はとにかくなにかを行っていなければ気の済まない人だった。年がら年中あーでもないこーでもないと考え、話し、行動に移そうとしていた。晩年は口だけだったが。

父はなにもせず一年中寝ているのが好きな人だった。母ができない分、父が動いていたものだ。晩年は認知症になり、何もせずに座っている、寝ていることが多かった。

 

頭の健康は環境だけでなく自分で

 

体の健康は年をとってからも栄養・運動・睡眠という三要素が重要であると言われている。頭の健康も体と同じ健康要素で考えることが多いが、必ずしも同じではない。

頭の運動とは、記憶力・計算力・認知力を高めるトレーニングだけではなく、コミュニケーション・自己分析・比較認識などを自ら行いたいという気持ちがあることが大切だと思う。

前述のとおり父親は認知症になりなにごとにも無気力になったが、認知症になる以前から自分から何かをしようという気力がなくなっていたと思う。

頭の健康は体の健康とは違い、健康状態を維持する環境を整えるだけではなく、自分の意識の中に「健康」という考え方を無意識に持つようなトレーニングが必要な気がする。

 

 

 

心の健康はコントロールできない

 

再び私ごとではあるが、両親の介護をしているときにうつ状態になったことがある。症状は慢性的な疲れ・激しい動機・不眠・食欲減退など体に表れることから、人と話したくない・車を運転したくないというような心理的なこともあった。

医者のすすめで心療内科に通ったこともある。同じ時期に脳ドックも行った。とにかく不安が生活全般に満ち溢れだしたのである。結果的には心療内科も人間ドックも治療が必要な状態ではないという結論で、安心したせいか数ヵ月で元の生活に戻ることができた。

そのときに「これが心の病か」と思った。実際は病ではなかったのだが、心の健康についても体と頭と同じように注意を払うようになった。

体と体の健康は自分である程度はコントロールできると考えていたのだが、心の健康はコントロールすることができないだけでなく、コントロールしようとすることが悪化するのではないかと思うようになった。

 

頭と心の切り分けは難しいが

 

実際問題として頭と心の切り分けは難しい。今考えていることが頭で考えていることなのか心で感じていることのなのかは簡単に分けることはできない。

心の健康を考えるのは頭であるし、考えれば考えるほど心の健康によくないのではないかと思うこともある。そのような時は考えずに体を動かすとすっきりすることもある。

もしかすると「心」とは体と頭をつなぐものかもしれない。頭と体だけで毎日の生活を送っているとは思えない。同じ生活でも心が健康であれば楽しく、健康でなければ楽しくないと感じるのではないだろうか。

 

 

心の健康は体と頭の調和を保つ働きがある

頭で考え過ぎ、体を動かし過ぎは疲れる。考え過ぎ、動かし過ぎを止めるのは心だと思う。心は頭と体のバランスを保つ働きがあり、心の健康とはバランスをとる力があることではないだろうか。