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健康貧乏になってしまった私の脱し方

健康貧乏になってしまった私の脱し方|ながらすたいる bixlix.com

 

 

 

 

 貧乏神と困った時の神頼み

 

誰でも一度は経験したことがある困った時の神頼み、このときの「神」というのは自分を助けてくれる人であったり現象であって特定の神さまがいるわけではありません。それでもついつい口にしてしまう「困った時の神頼み」です。

 

また貧乏神はいても金持ち神はいなく、いるのは福の神です。貧乏神は貧困と災難を呼び寄せ、福の神は富と幸福を呼び寄せると言われています。いずれにせよ貧乏であっても金持ちであっても他力本願の相手が神さまということですね。

 

私にとっての貧乏とはなにかが不足していることで欠如していることではありません。ゼロではなく10の内、1か2がある状態です。10が100でも1000でもいいのですが、まったくないゼロの状態は貧乏ではなく貧困状態だと考えています。

 

貧乏と貧困の違いは、貧乏は比較対象がある総体的な表現で、貧困は一定の基準を下回っている状態です。例えば年収200万円の人は貧乏でしょうか、貧困でしょうか。日本では貧乏ですが、開発途上国へ行けば金持ちです。裕福かどうかは別問題ですが。

 

 

 

新型コロナで健康貧乏を自覚?

 

「健康」の定義はさまざまあります。日本WHOによれば「 健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること 」となっています。「満たされた状態」には個人差がありますし、「すべて」という条件までついています。そうなると健康な人というのは少なくなります。

 

「健康」というのは本人が自覚で決まるもので、自分は健康だと思う人は健康だということになります。ところが健康な人でも感染するのが新型コロナです。新型コロナの特性は、人を媒介として人から人へと感染し、潜伏期間が2週間程度あり、潜伏期間にも感染力があるという厄介なウィルスです。老若男女の区別はなく感染し、決定的な治療法はまだありません。

 

新型コロナに感染しているかどうかはPCR検査が判断材料になります。新型コロナとPCR検査の話は数多くありますので、健康の対極にある病気についてお話しします。病気は「病い」と「疾病」に分かれるという考え方があります。英語だともっと分かりやすいでしょう。

病気(sickness)・病い(illness)・(disease)

参考:病と疾病

 

「病い」は概念と経験で感じる状態であり、「疾病」とは専門家による医学的根拠に基づいているという違いがあります。「健康」についても同じことが言え、概念と経験で健康だと自覚している状態と医学的根拠(検査結果)などに基づいて異常がないので健康だと自覚している状態があることになります。

 

自分は健康だと自覚する根拠は10ではないけれどもゼロではないという状態のどこかでしょう。1か2でも健康だと思えば健康ということです。健康貧乏が10のうちいくつから貧乏になるかは比較の問題なので個人差があります。新型コロナ禍でもしかしたら自分は健康貧乏と感じる人が増えているのではないでしょうか。

 

 

 

私の健康貧乏からの脱し方

 

私の母親の家系は血管系の病気が多く、父親の家系は癌が多い家系です。体質遺伝をしているとすれば両方の可能性があります。大学受験を前にして長期入院をした私は、その頃から健康体ではないというレッテルを貼られました。本人はそうは思っていなくてもです。

 

一生付き合う病気だとも言われた私は、健康とは比較だと考えていたのですが周りはそうは思ってくれませんでした。だったら健康度数を上げようと思い、今に至っています。健康貧乏になってしまった私は、健康度数を上げるべくあらゆる方法を試しました。ときには怪しい神頼みも試しました。

 

現在、私が行っている健康貧乏対策は2つあります。1つは安保徹先生の「免疫革命」に従っています。安保先生の本はほとんど読みましたが、手元にあるのは下記掲載の2冊です。もう1つの血管本(と私は呼んでいます)も多くの先生の本を読みました。根来秀行先生の「健康は『時間』で決まる」を読み、その後に根来先生の血管本に従っています。

 

それでも数年前に心臓を患ってICUのお世話になりました。もし2つの健康法に従って健康貧乏を意識していいなかったら、50代までは生きていられなかったと思っています。

 

貧乏は貧乏なりに工夫をすることが大事です。一発当てて金持ちになろうという考え方は健康貧乏には当てはまりません。さて私の貧乏話の始まりです。

(つづく)