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外出自粛の意味の理解不足が感染者を増やす

 

 

世代間で自粛率の違いがあるのは

 

自粛率をクレジットカード(クレカ)の使用率だけで判断するのは難しいですが、少なくとも傾向はわかります。上記の記事によれば大きく「外食」と「娯楽」に分け、外食に関しては20代後半よりも30代以上が自粛しており、娯楽に関しては20代後半から50代前半までは自粛しており55歳以上は自粛率が低いという結果だそうです。この結果を見て「30代や40代は自粛が活発だが若い世代や高齢者の自粛度合いの弱さが顕著だ 」と論じています。

 

私が思うに世代によってクレカの使い方が違うこと、映画やゴルフという娯楽が若い世代に浸透しているとは思えないこと、若い世代は居酒屋でクレカよりもクレカに紐づけられていない電子マネーで支払うことが多いのではないかと思います。もちろん記事では取りあげられていないデータがあり、それらのデータの傾向を踏まえて世代間で差があると結論づけているのだと思いますが、それは新型コロナとは関係ないのではないでしょうか。

 

新型コロナによる自粛は「人と人との接触」を避けることを目的としています。人を媒介にして人から人に感染が広まることを理解していれば、緊急事態宣言が発動されていなくても「三密」を避け、「手洗い・消毒」を心がけるのは当然です。日本人はきれい好きで公衆衛生意識が高いと言われていますので、ヒトヒト感染を理解するくらいの基礎知識は持ち合わせていると思います。

 

にもかかわらず世代間で違いがあろうとも自粛率が高くなっていないとすれば、ヒトヒト感染についての説明不足か理解不足があるのだと思います。

 

 

 

自粛の意味が分かっていないのかも

 

自粛とは「自分の意思で自分の言動を慎むこと」です。今回の政府や自治体からの自粛要請は、外出の自粛要請であってなんでもかんでも自粛せよと言っているのではありません。自粛したら生活できない、自粛にも限界がありストレスが溜まる、自粛するのは高齢者と基礎疾患がある人、と言うように考えているという話もありますが、必ずしも適切ではありません。

 

街中で目立つのは配達員、ペットの散歩をする人、日用品の買い物をする人、日用品を販売している店舗で働いている人、公共交通機関を含めたインフラ設備会社で働いている人ではないでしょうか。つまり社会生活を維持するために移動を余儀なくされているか、自粛の意味が分からない子供や動物の保護者だと思います。

 

80%の外出抑制を自粛目標とするならば、社会生活が多少不便になることを許容しなければなりません。自粛を要請するなら経済的補償をしなければならないと声高に言うのは簡単です。経済的補償を行えば必ず自粛する保証はあるのでしょうか。もし経済的補償だけがなされ自粛されないのならば自粛を縦に経済的要求をしているような気がします。

 

補償と保証、自粛と自制は似ているようで異なります。今回の外出自粛は、代替できる行動がある場合は外出しないようにということであり、経済的補償は自粛の代替ではありません。

 

 

 

はっきり言ってこの時期に外出するのは

 

いまだに新型コロナの感染経路が不明の人が多くいます。今、感染しても発症するには時間がかかります。仮に潜伏期間が2週間のあれば、その間にも「人から人へ」と感染します。この潜伏期間に感染するというタイムラグを理解しない限り本当の意味での外出自粛は行われず、誰かに言われたから外出しないというだけに過ぎません。

 

特効薬もワクチンもないこの時期に外出するのは命知らずというだけではなく、人から人へと感染させるゾンビのような人たちです。と、極論するつもりはありませんが、私なら外出をものともしない人達とのお付き合いはしたくありませんし、現に行動を共にすることをお断りしています。外出自粛期間が終わっても、それから2週間は新型コロナのキャリアとなっているかもしれないのですから。

 

ではどうすればいいのでしょうか。今まで対面で行っていたことを対面で行わない方法を考えることに尽きます。自粛だけではなく、今までの生活のアレンジでもなく、新たな行動もしくは自分では行っていない方法を身に付けることが大切だと思います。

 

 

 

生き残るのは自分の意志で運よく変化できた者

 

ダーウィンの進化論を名言として「最も強い者が生き残るのではなく、 最も賢い者が生き延びるのでもない。 唯一生き残ることが出来るのは、 変化できる者である。」というように理解している人もいるでしょう。さらに「変化できる者」の部分を「運よく変化できた者」というように解釈している人もいます。

 

この言葉を借りるなら、「生き残ることができるのは、自分の意志で運よく変化できた者」だと私は考えています。他力本願では生き残れないことが理解できない人が多いのが残念でなりません。